死ぬ権利まで奪わないで

Category : Diary
近頃、硫化水素による自殺がニュースで頻繁にとりあげられるようになった。この手口を簡単に説明すると、どこの家庭にも置いてあるであろう家庭用洗剤と入浴剤をかけあわせて猛毒ガスを発生させ、一瞬にして意識を失う(=自殺する)ことが出来るというものだ。

今日は自殺について語ってみようと思う。
あらかじめ言っておくけれども、自分の意見がマイノリティ(少数派)であることは自覚しているし、これが『絶対に正しい』だとか、そういういことを主張したいわけではないので勘違いしないでいただきたい。

こうした自殺関連のニュースが流れると、皆が口をそろえたかのように同じような論調を展開する。
『自殺なんかするな!』
『死ぬなんて絶対ダメ!』
『残された人がどれだけ悲しむか考えてください』
『生きていればこれからいいことがあるかもしれないのに。』
『こうした報道自体が自殺を助長している』

こうしたコメントの数々を眺めていると、『本当にそうなのかなぁ。』と思ってしまう。
これは完全に僕の推測なのだが、こうしたことを簡単に口にする人間は大まかに以下の二つに大別されるのではないだろうか。
『死にたいと思ったことがない人』
『死にたいと思ったことがあっても、それを跳ね返す強靭な精神を持っている人』

■自殺なんてするな!
ブログやmixi上ではとにかく『自殺はダメ!』というコメントをよく見かける。しかし、『なぜ』『どうして』自殺をしてはいけないのか記載されていないことが多い。
そこには理由・説得力が決定的に欠落しているのだ。
残念ながらそれでは自殺願望を食い止めることはできないだろう。

■残された人の悲しみ
円満な家庭に生まれた人、友達や恋人、伴侶(結婚相手)に恵まれている人は、どうしても自分の境遇に当てはめて考えてしまうのかもしれない。しかしながら世のなかには様々な境遇の人がいることを忘れないで欲しい。
既に両親と死別していたり、絶縁状態である人もいるだろう。
コミュニケーションが下手で友達がいない人もいるし、一人暮らしをしていながら完全にひきこもり状態の人もいる。イジメで日々罵詈雑言を浴びせられていれば『クラスメート全員から嫌われている』と感じている学生もいるだろう。このような孤独な人間からすれば『残された人』なんていないし、どうでもいいことなのである。
仮に家族がいたとしても、『(自分が)生きるか?死ぬか?』で頭がいっぱいになっている人間に他人を思いやる余裕があるとは到底思えない。

■生きていればいいことがある?
正直、こういった意見には辟易する。
その人の境遇を知らない人間に、どうしてこのような無責任なことがいえるのだろうか。生きていてもこれからいいことなんて一つもないかもしれない。仮にあったとしても、ほんのわずかかもしれない。
その『ほんのわずかないいこと』のために、気が遠くなるほどに膨大な苦痛を我慢しなければならないのだろうか。それほどまでに生きる価値がある世界だとするのなら、是非ともその理由を教えていただきたい。

■自殺報道は自殺を助長している?
自殺報道は本当に自殺を助長しているのだろうか。
本当に死のうと思っている自殺志願者にとって、最終的な目的である『死』を達成できるのであれば手段にはさほどこだわらないのではないだろうか。※硫化水素という手段を知らなければ、練炭で自殺するかもしれない。
そういう意味では『硫化水素による自殺』は助長しているかもしれないが、『自殺そのものを助長している』とはいえないと思う。

イジメ、嫌がらせ、借金、経済的不安、絶望・・・理由は何だっていい。
ギリギリまで追い詰められた人間の心の内が貴方には分かりますか。
本当に死のうと考えている自殺志願者にとって、この世は地獄にも等しいのです。日々『しんどい』し、生きていること自体がツライのです。

彼等(彼女等)にとって『自殺』とは、閉塞感漂うこの世界から抜け出すための『出口』であり最後の希望なのかもしれない。

これは余談だが、第135回 芥川賞受賞作である『八月の路上に捨てる』(著:伊藤たかみ)の中では、こういった表現がある。
『気がつくと知恵子は、狂ったように教材を壁に投げつけていた。出口がない出口がないと意味のわからない言葉を吐く。』
主人公である佐藤敦の妻、知恵子は仕事を辞め収入がなくなり、夫との関係も上手く行かず喧嘩を繰り返す日々の中で精神を病んでしまう。彼女がつぶやく『出口がない』とは、この八方塞りの現状を打破する術がない、もしくは突破口が見つからないことを表しているのだ。

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自分の命は『親からもらった大切な命』であることには間違いない。
そうはいっても『自分の命』だ。
自分のモノですら自由に選択できないのか!
生きる権利があれば死ぬ権利もあるのではないだろうか。

何十年間生きてきて『楽しいこと・嬉しいこと』よりも『ツライこと・悲しいこと』の方が圧倒的に多かったから、なんとなく自殺志願者の気持ちが分かってしまう。
自分自身いろいろ悩みがあって日々しんどいし、正直言ってキツイ。
自分に大した価値があるとも思えないし、自分が死んでも肉親以外に悲しんでくれる人はいないと思う。しかし、自分が先に逝ってしまってはここまで育ててくれた両親に申し訳ないと思うので、少なくとも両親が存命中のうちは生きていなければいけないと考えている。

高尾山中に高校生ら2遺体=硫化水素で自殺か-東京

 5日午前11時半ごろ、東京都八王子市の高尾山(599メートル)で、高校1年の男子生徒(16)がテントの中で死亡しているのを警視庁高尾署員が発見した。近くにトイレ用洗剤があり、同署は少年が硫化水素を発生させ、自殺したとみている。
 調べによると、テントはハイキングコース付近の沢に張られており、生徒は白いビニール袋をかぶった状態で見つかった。両親が自殺をほのめかすメールを送られたため、110番していた。
 同6時ごろには、別のハイキングコースの近くで、男性(29)が死亡しているのを同署員が発見。解剖の結果、体内から硫化水素のようなものが検出され、同署は自殺とみている。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080405-00000074-jij-soci



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Posted by りすお [RIS-O] on 06.2008   0 trackback
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